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東京地方裁判所 昭和49年(行ウ)152号 判決

原告 石井健雄

被告 東京国税局長

訴訟代理人 竹内康尋 大石敏夫 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和四一年一月三一日付でした滞納者芝興業株式会社にかかる第二次納税義務告知処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、原告に対し昭和四一年一月三一日付で、訴外芝興業株式会社(以下「滞納会社」という。)の滞納にかかる法人税等について、納付限度額を二〇、一九四、〇〇〇円とする第二次納税義務告知処分(以下「本件処分」という。)をし、原告はこれに対し法定の行政不服審査手続を経由したがいずれも棄却された。

2  本件処分は、滞納会社が原告に対し交付した二六、四七八、九四〇円の利益の配当が国税徴収法三九条の「無償又は著しく低い額の対価による譲渡」にあたるものとしてなされたのであるが、右金員の交付は右の規定には該当しないものであり、したがつて本件処分は違法である。

3  よつて原告は被告のした本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、滞納会社が原告に対し原告主張の金員を交付したこと、本件処分は右金員の交付が国税徴収法三九条に該当するものとしてなされたことは認めるが、本件処分が違法であるとの主張は争う。

三  被告の主張

1  滞納会社は、昭和三六年一〇月二五日、その所有にかかる東京都港区芝田村町二丁目一四番四ほか一筆の宅地合計六六・九一坪を代金八五、〇〇〇、〇〇〇円で訴外中菊太郎に売却し、同年一一月までに右代金を受領した。しかるに、滞納会社は、その昭和三六年三月一日から昭和三七年二月二八日までの事業年度分の法人税の確定申告にあたつて、前記土地の売却価額を過少に申告するとともに、昭和三六年一一月二〇日ころ、右土地の売却利益計上もれにかかる二七、九七八、九四〇円のうち一、五〇〇、〇〇〇円を同社の代表取締役である前田秀雄に対し、残額の二六、四七八、九四〇円を同社の株主でありかつ実質上の支配者である原告に対しそれぞれ交付することによつて処分していた。

2  そこで滞納会社の納税地を管轄する麻布税務署長は、昭和四〇年四月二六日付で滞納会社に対し、前記土地の売却収入計上もれ等を理由とする法人税の更正処分をするとともに、前田秀雄に交付された一、五〇〇、〇〇〇円を賞与に、原告に交付された二六、四七八、九四〇円を利益配当にそれぞれ認定し、給与所得あるいは配当所得にかかる源泉所得税合計三、一七〇、八九〇円の各納税告知処分をした。

また、原告の納税地を管轄する平塚税務署長は、昭和四一年二月二八日付で原告に対し、昭和三七年分所得税について、前記利益配当額二六、四七八、九四〇円から借入金利子一〇、九二九、六〇〇円を控除した一五、五四九、三四〇円を配当所得として加算する更正処分をした。

なお、滞納会社に対する前記の更正処分及び各納税告知処分並びに原告に対する更正処分は、いずれも既に確定しているものである。

3  ところで滞納会社が原告に交付した前記二六、四七八、九四〇円は実質上金員の無償譲渡であり、以下のとおり国税徴収法三九条に該当するものである。

(一) 滞納会社は、昭和四一年一月三一日現在において、別紙滞納税金目録(以下「別紙目録」という。)記載の税金合計一八、七四六、〇二〇円(ただし、未確定延滞税を除く。)を滞納しているのに対し、当時、同会社は、既に休業しており、財産としてはわずかに電話加入権一本(四三六局三〇六一番)を有しているにすぎなかつたので、右滞納税金は、徴収不足となる状態であつた。

(二) 前記金員の無償譲渡は、前記のとおり昭和三六年一一月二〇日ころであつて滞納税金の法定納期限(別紙目録参照)の一年前の日以後になされており、しかも滞納会社は前記金員の無償譲渡によつて無資力となつたものである。

(三) 原告は実質上滞納会社の一人株主であるから国税徴収法施行令二二条一項五号により、同会社の特殊関係者にあたるところ、前記金員の無償譲渡により同金員相当額の利益を受けている。

4  よつて、被告は、本件第二次納税義務の納付限度額を次のとおり算定し、昭和四一年一月三一日原告に対し、別紙目録記載の滞納税金(ただし、番号1および7の国税を除く。)につき二〇、一九四、〇〇〇円を納付限度とする本件処分をしたものである。

〈1〉 原告が無償で取得した金額二六、四七八、九四〇円

〈2〉 前記利益配当にかかる源泉所得税二、六四七、八九四円

〈3〉 原告に対する昭和三七年分所得税の更正処分にかかる増差税額(前記配当所得が加算されたことによつて増加した所得税額)三、六三六、〇八〇円

〈4〉 納付限度額(〈1〉から〈2〉及び〈3〉の合計額を控除したもの。ただし千円未満切捨)二〇、一九四、〇〇〇円

5  原告は利益の配当としてなされた前記金員の交付は、国税徴収法三九条の「無償又は著しく低い額の対価による譲渡」には該当しないと主張する。しかし右主張は以下のとおり失当である。

すなわち、商法上「配当」とは会社が事業活動によつて得た利益のうちから株主総会等の決議を経て株主等に対しその持株数に応じて分配するものをいうのであるが、税法上における「利益の配当」とは会社が確定した決算において利益または剰余金の処分により配当または分配したものだけではなく、株主等に対しその株主等たる地位に基づいて供与した経済的利益も含まれるのである。

したがつて、商法上違法な配当と目されるものや、株主に対する会社資産の無償あるいは低額による譲渡等は、その名目のいかんにかかわらず、税法上においてはその経済的利益の実質をとらえこれを課税客体としているのであつて、株主が、会社から無償または著しく低い額の対価によつて会社資産を譲り受けた場合には、その行為の結果に基づく経済的利益が所得税法上の配当所得を構成する一方、その行為が国税徴収法三九条における「無償または著しく低い額の対価による譲渡」にもあたるのであつて、その間においては何らの矛盾も存しないのである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  認否

被告の主張1及び2の事実は認めるが、その余の事実は不知、主張は争う。

2  反論

国税徴収法三九条の無償による譲渡とは、民法上の贈与等をきすものであり、これに対し利益の配当とは投資の対価をいうのであつて、両者は法律上の意義も性質もまつたく異なるものである。

本件において原告が滞納会社から交付を受けた金員は、滞納会社に対する源泉所得税の納税告知処分では利益の配当と認定され、また原告に対する更正処分でも所得税法二四条の利益の配当として配当所得と認定され、右処分は既に確定している。したがつて、これを前記法条の無償の譲渡にあたるとしてなされた本件処分は、法律の適用を誤つたものである。

すなわち、本来の納税義務者でない第三者に納税義務を課す第二次納税義務の告知処分は、税法上の特殊例外的規定であるから厳格に解釈されなければならず、また、一つの法律用語を他の別の法律用語と同一意義に解するには合理的な理由を必要とするところ、被告は所得税の課税上利益の配当と認定されたものを合理的理由もなく前記法条の無償の譲渡にあたるとしたのであるが、元来、利益の配当たる配当所得は株主等の地位に基づいて供与されるものであつて、無償という観念は入る余地がなく矛盾するものというべきである。そして逆にいえば、前記法条の無償の譲渡により得た個人の利益は、所得税法上の雑所得となるはずのものであつて、配当所得とは関係ないものといわざるをえないのである。

したがつて、本件処分はいずれにしても違法である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件処分の適否について判断する。

1  被告の主張1及び2の事実並びに本件処分が国税徴収法三九条の規定に基づいてなされたことはいずれも当事者間に争いがないところ、原告は、原告が滞納会社から交付された二六、四七八、九四〇円は所得税法二四条の配当所得たる利益の配当であつて、これを前記法条に規定する無償の譲渡と認定することは許されないと主張する。

しかし、所得税法二四条一項に規定する配当所得たる利益の配当とは、本来は法人の事業活動によつて得た利益を株主等に対して分配したもの(その分配がたとえば商法上適法であるか否かは問わない。)、すなわち株主等の投下した資本に対する直接の対価としての性質を有するものをいうのであるが、これにとどまらず、その全部または一部につき投下資本の直接の対価としての性質を有せず本来ならば一時所得を構成するような個人の所得であつても、株主等に対する会社資産の無償あるいは低額による譲渡のように、法人がその株主等に対し株主等たる地位に基づいて供与した利益は、その名目にかかわらずこれを利益の配当たる配当所得に含まれると解することが許されるものというべきである。すなわち、株主等がその地位に基づいて法人から供与を受けた所得には、本来の意味における配当、つまり投下資本の直接の対価としての性質を有するものと、そのような対価性のない本来ならば一時所得とされるようなものの二つの場合がありうるわけではあるけれども、いずれも株主等としての地位に基づくということを大きな特徴とする所得であつて、この点において発生原因や担税力においては大きな相違はないと解され、他方、その所得が本来の配当としての直接の対価性を有するものであるか否か、あるいは右の対価性を有しているのは所得のいかなる部分であるかについては、必ずしも判然としない場合も多いと解されること等にかんがみれば、右のような相違を区別せず、株主等たる地位に基づく法人からの所得をすべて配当所得とすることが法の趣旨とするところとも解するのが相当である。

したがつて換言すれば、課税庁が配当所得と認定した個人の所得であつても、それが国税徴収法三九条に規定する「無償又は著しく低い額の対価による譲渡」に該当することは、当然ありうることであつて、同一の資産の譲渡が一方では右法条に該当し、他方では個人の配当所得に該当することに何らの矛盾はないというべきである。

これを本件についてみるに、前記当事者間に争いのない事実と〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和三六年四月ころ滞納会社の全株式を取得し、以後同社のいわゆる一人株主として実質上その単独支配権を有するようになつたこと、滞納会社は昭和三六年一〇月二五日その所有する港区芝田村町所在の宅地を代金八五、〇〇〇、〇〇〇円で売却し、右代金はすべて原告が受領して、その利益金につき一部を同社の役員に対して分配しあるいは負債の返済等にあてたほかは、残額二六、四七八、九四〇円についてこれを同社の財産に帰属させず、すべて原告個人において取得したことが認められる。右認定事実によれば、右売却代金は元来すべて滞納会社に帰属すべきものであるから、同社の一人株主であり実質上の単独支配権者である原告個人の所得となつた前記二六、四七八、九四〇円は、原告がその株主たる地位に基づき滞納会社からその資産につき無償の譲渡を受けたものと解すべきである。

そして以上によれば、滞納会社に対する源泉所得税の納税告知処分あるいは原告に対する所得税更正処分において、右の二六、四七八、九四〇円が原告の配当所得とされたことは前記のとおり当事者間に争いがないけれども、右事実が前認定の妨げとなるものでないことも明らかである。

2  そこでさらにすすんで本件処分が所定の他の要件を満たしているか否かについて検討する。〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件処分がなされた昭和四一年一月三一日現在における滞納会社の国税滞納状況は別紙目録記載のとおりであり、その合計額は末確定延滞税を除き一八、七四六、〇二〇円であること、滞納会社は当時まつたく事業活動を行なつておらず、またその所有に属する財産はわずか電話加入権一本があるのみであつて、他には何らの財産も有していないこと、他方、原告が前認定の滞納会社の全株式を取得した昭和三六年四月ころは、滞納会社は、前認定の売却にかかる宅地を所有しており、その時価は約八五、〇〇〇、〇〇〇円と評価されるものの、他には見るべき財産がなかつたこと、したがつて、右土地の売却利益から負債の返済等にあてた残額である前記二六、四七八、九四〇円につき、滞納会社が原告に無償で譲渡したこと(右譲渡が昭和三六年一一月二〇日ころなされたことは前記のとおり当事者間に争いがない。)により、同社は前記のとおり何ら見るべき財産を有しなくなつたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、滞納会祉は、本件処分時たる昭和四一年一月一三日当時において、その滞納にかかる前認定の国税につき滞納処分を執行してもなおその徴収すべき額に不足すると認められる場合であり、かつその不足すると認められることが右の国税については法定納期限の一年前の日以降に滞納会社がその財産につき原告に対して行なつた前記二六、四七八、九四〇円の無償の譲渡に基因するものであるということは明らかというべきである。

3  以上によれば、別紙目録2ないし6の滞納国税についてなされた本件処分は国税徴収法三九条、同法施行令一四条所定の要件を満たしているということができるところ、原告が右金員の譲渡を受けた当時滞納会社のいわゆる一人株主であつたことは、前記認定のとおりであつて、原告は、同法施行令一三条一項五号に規定する同族会社の判定の基礎となつた株主である個人に該当し、同族会社たる滞納会社の「親族その他の特殊関係者」(同法三九条)であるから、したがつて原告は前記の金員の無償譲渡により受けた利益の限度において前記の滞納国税についての第二次納税義務を負うものといわなければならない。

そこで原告の右第二次納税義務の納付限度額について検討すると、原告が滞納会社から無償で取得した金額が二六、四七八、九四〇円であることは前記認定のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、原告は、右金員が原告の配当所得とされることにより源泉所得税二、六四七、八九四円を課税され、さらに更正処分により所得税が三、六三六、〇八〇円増加したことが認められるから、原告が前記の金員の譲渡により受けた利益は、前記二六、四七八、九四〇円から右各課税額二、六四七、八九四円及び三、六三六、〇八〇円を控除した二〇、一九四、〇〇〇円(千円未満切捨)となる。

三  以上の次第であるから、滞納会社の滞納にかかる別紙目録2ないし6の国税について、被告が原告に対しなした二〇、一九四、〇〇〇円を納付限度額とする本件処分は適法というべきであつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 山下薫 三輪和雄)

別紙〈省略〉

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